壺齋散人の 映画探検 |
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新藤兼人は荷風が好きらしく、「断腸亭日乗を読む」という本も出している。その断腸亭日常をベースにした映画も作っている。1992年の作品「濹東綺譚」がそれだ。この映画は、「断腸亭日乗」をもとに、荷風の半生を描きながら、その中に「濹東綺譚」の内容を挿話風に挟むという趣向になっており、あたかも荷風が「濹東綺譚」の世界を実際に生きたというふうに仕上げてある。 断腸亭日乗から、荷風の女性遍歴を紹介するなかで、「濹東綺譚」で描いたお雪との情交は、荷風生涯最後の女出入りという位置づけにしている。映画の最初に出て来る女はお久。この女は大正15年に日乗初出で、随分気の荒いところがあり、最後には荷風をゆすって警察沙汰となるのだが、そのいきさつを映画はさらりとたどっている。二番目の黒澤きみは、昭和8年暮れより翌年にかけて待合で逢瀬を重ねた女。荷風はこの女に異常な関心を示し、探偵を使ったりして身許を調べさせているほどだが、それはこの女を主人公にした小説を書くためだと日乗のなかで触れている。映画は、荷風のそうした動機は別に、熱心に身許を調べる様子を映し出している。 三人目は関根歌。これは荷風が生涯に付き合った女のなかで、もっとも深くかかわりあった。この女とは昭和2年の夏に知り合い、その年の秋には麹町に壺中庵という妾宅迄用意して住まわせたほどだが、昭和6年の夏には別離している。別離の原因は、どうやら荷風の浮気癖への、お歌の悋気であったらしい。最後は狂乱状態であった。そのお歌との別れをこの映画は、さらりと描いている。そしてそのすぐ後に、荷風は玉ノ井を歩いていたところお雪と出会い、そのまま意気投合したというふうに描いているわけである。 お歌が去ったあと、荷風の母親を偏奇館に出かけさせ、そこで息子の荷風に説教する場面をさしはさんでいるが、荷風は母親の説教にたいして、蜀山人の言葉を引用し、蜀山人のいう三楽、つまり読書、淫欲、飲酒のうち、自分は酒を飲まないので、読書するほかは、女を抱くことくらいしか生甲斐がないと言って、母親を呆れさせるのである。その母親を杉村春子が、しぶい感じで演じている。 玉ノ井でお雪と出会った荷風は、老いの情熱を彼女との情交に傾倒する。この女とならまだ十分に燃えることができるのだ。だが、冷徹な荷風は、この女を淫欲のはけ口としか見ない。荷風に心を奪われた女が、女房にしてくれとねだっても、その願いをかなえることなど以ての外なのだ。 こうして女を捨てた荷風は、一人で老後を生きるうちにも、東京大空襲で偏奇館を焼きだされ、晩年は千葉の市川で蟄居生活のような暮らしをし、最後には孤独死するのである。映画は、口から血を吐いて、畳の上にうつぶせに倒れた荷風の表情を映しながら終わるのだ。 荷風を津川雅彦が演じている。津川は大根役者の部類だが、なぜか濡れ場を演じさせると光った演技をする。もともとそういう素質に生まれついているのだろう。お雪を演じた黒沢ユキは、この映画のプロモーションを兼ねてこの芸名をつけたという。黒澤きみとお雪を併せたつもりらしい。なかなか味のある演技をしているが、映画に主演したのはこれが唯一で、すぐに消えてしまった。ポルノ出身だったのが、災いしたようだ。 |
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