壺齋散人の 映画探検
HOMEブログ本館美術批評東京を描く水彩画動物写真西洋哲学 プロフィール掲示板


テオ・アンゲロプロスの映画:解説と批評


テオ・アンゲロプロスは、ギリシャ映画を代表する監督である。というより、ギリシャ映画といえば、テオ・アンゲロプロスに尽きるといってよいほど、ギリシャ映画を象徴する人物である。彼はギリシャ人の映画作家として、ギリシャの近現代史を描き続けた。ギリシャの近現代史は、内乱と戦争に彩られていたが、そうした動乱の歴史を、アンゲロプロスは透徹した視点から描き続けた。

テオ・アンゲロプロスの出世作は、1975年の作品「旅芸人」である。これはギリシャの近現代史を壮大な規模で描いた。1952年を基準点として、一気に1939年の第二次大戦勃発時に遡り、そこから対独レジスタンス、内戦へと展開していく過程を、ソポクレスの悲劇「エレクトラ」を絡ませながら描いたものである。この映画を見ると、ギリシャ現代史の骨格が理解できるようになっているといえる。

続く1977年の映画「狩人」も、ギリシャ近現代史に取材した作品。第二次世界大戦後におけるギリシャの内乱にテーマを絞っている。この内乱では、王党派と共産主義勢力とが戦ったわけだが、アンゲロプロスはどちらに肩入れするのでもなく、淡々とこの内乱の意義を語っている。

1980年の作品「アレクサンダー大王」は、アレクサンダー大王という名の義賊を主人公にした、やはりギリシャの近現代史である。この義賊は世紀の代わり目頃ギリシャで活躍し、ギリシャの地方都市にミニ共産主義国家と言うべきものを作って、最後には没落するという物語である。おそらくフィクションだと思うが、世紀末前後のギリシャは、この映画が描きだしているような、アナーキーな混乱が支配する世界だったということを気づかせてくれる。

1984年の作品「シテール島への船出」は、題名からしてワトーの絵を想起させるが、これもやはりギリシャの近現代史に取材している。ギリシャにおける政治活動が原因でロシアに亡命していた男が、ボリシェビキ革命の混乱を逃れてギリシャに戻って来るが、すでにギリシャの国籍をはく奪されており、かといってロシアに帰ることもままならず、無国籍者になったあげく、浮きドックに乗せられて海洋に捨てられるという物語である。ギリシャは、このような無国籍者を生みだすような、混乱した国家だったということを、この映画は知らしめてくれる。

1986年の「蜂の旅人」と1988年の「霧の中の風景」は、どちらもロード・ムーヴィーの形をとって、ギリシャ人の生き方を描いたもの。「霧の中の風景」は幼い姉弟の過酷な運命を描いており、思わず惻隠の情にとらわれるような作品である。

2004年の作品「エレニの旅」も、やはりギリシャ近現代史に取材した作品。ロシアのオデッサに住んでいたギリシャ人コミュニティの人びとが、ロシア革命の混乱を逃れてギリシャに戻り、そこで数奇な生涯を送ることになる人々を描いている。とくに女主人公の人生は荊棘に満ちたもので、ギリシャの近現代史にはこの女主人公と同じような運命に甘んじた人々が多くいただろうことを思わせてくれる。ギリシャでは、個人の運命は国家の命運と深く結びついていて、国家から逃れることはできないということを、この映画は深く考えさせる。

遺作となった2009年の作品「エレニの帰郷」は、「エレニ三部作」の二作目として作られたが、一作目の「エレニの旅」とは筋書き上のつながりはない。全く別の作品と言ってもよい。ただ二つとも、国家と個人との関係を強く考えさせるようにできている。

こんな具合に、テオ・アンゲロプロスの映画世界は一貫して、ギリシャ近現代史を舞台にし、個人と国家とのかかわりをテーマに描き続けたといってよい。ここではそんなテオ・アンゲロプロスの代表作について、鑑賞の上適宜解説・批評を加えたい。


テオ・アンゲロプロスの映画「旅芸人の記録」:ギリシャ現代史

テオ・アンゲロプロス「狩人」:ギリシャの政治的混乱を描く

テオ・アンゲロプロス「アレクサンダー大王」:世紀末ギリシャの義賊

テオ・アンゲロプロス「シテール島への船出」:追放されたギリシャ人

テオ・アンゲロプロス「蜂の旅人」:ギリシャの蜂飼いの旅

テオ・アンゲロプロス「霧の中の風景」:幼い姉弟の父探しの旅

テオ・アンゲロプロス「こうのとり、たちずさんで」:国境の意識

テオ・アンゲロプロス「ユリシーズの瞳」:バルカン半島を放浪する男

テオ・アンゲロプロス「永遠と一日」:老人の帰らざる旅

テオ・アンゲロプロス「エレニの旅」:ギリシャ人女性の過酷な運命

テオ・アンゲロプロス「エレニの帰郷」:運命に翻弄されるギリシャ人女性



HOME









作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2013-2019
このサイトは、作者のブログ「壺齋閑話」の一部を編集したものである