壺齋散人の 映画探検
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BLUE:デレク・ジャーマンの遺作



デレク・ジャーマンがAIDSで死んだのは1994年2月だが、その前年に最後の作品「BLUE」を作った。一応映画ということになっているが、普通の意味での映画ではない。映画とは、活動写真から始まった歴史が示すとおり、映像が不可欠の要素と考えられて来た。ところがこの作品には、一切の映像がない。あるのは、ブルー一色に染まった画面だけだ。その画面の背後から、あるいは手前から、男のつぶやきが聞こえて来る。そのつぶやきとは、おそらくジャーマンその人の声なのだろう。

そのつぶやきは、エイズの為に死に直面した男の、断末魔の叫びのように聞こえて来る。その叫びの合間に、さまざまな音が流れ、時折女の声が交ることもある。同性愛者のジャーマンのことだから、恋人はみな男だったと思うのだが、男ではなく女の声を流したのは、この作品に芸術としての潤いを持たせようと思ったからだろう。

つぶやきに合わせて流される音は、宗教的な響きを感じさせる。特に仏式の音響具をかき鳴らすところなどがそうだ。ジャーマンは、死に直面して、仏教の没我の境地に共感したのだろうか。

画面を塗りつぶす色がブルーなのは、死に直面した心の、沈鬱な気分をあらわしているのか。しかし、ブルーがさく裂するとか、ブルー・ラブとか、血の色もブルーなどといったつぶやきもあることから、かならずしも沈鬱をあらわすだけではないようだ。

つぶやきは、自分のいま蒙っている苦痛と、過去の思い出とからなる。AIDSは、その名のとおり、免疫機能が破壊される病気だから、あらゆる種類の感染症に対して無防備である。ジャーマンも病気の末期には、さまざまな感染症に冒され、肺炎を始め前身が病魔に見舞われた。つらいのは痛みだ。すさまじい痛みに耐えるため、一日に二度点滴をしなければならない。それがまた痛いのだ。点滴液にはさまざまな薬が調合されている。自分はだから生きた実験室だ、とジャーマンは自嘲気味に言う。

身体が痛むのに、頭は冴えている。だから余計につらい。身体が痛むばかりか、網膜剥離が進んで失明寸前だ。もはや、まともに生きている状態とは言えない。半分は死んでいるのだ。たしかに、体中が病気にかかった結果、身体にはすでに死んでいる部分もあるのだろう。

苦痛を嘆くかたわら、昔のことも思い出す。特に、同性愛の仲間たちだ。色々な男の名前が出て来る。みんなやはりAIDSにかかって死んだのだ。自分が同性愛に目覚めたのは、レズビアンの老女に教育されたせいだ、とジャーマンはいう。ところで昔は、おかま男をレズビアンボーイとかレズビアンマンとかいった。レズビアンボーイたちは、男の尻の穴をなめるのが好きな変態とか、でっかいペニスが好きな倒錯者とか悪口をいわれたものだ。

ゲイの代表者としてウィトゲンシュタインとジャン・コクトーの名前があがる。コクトーもAIDSで死んだ。コクトーはジャン・マレーを恋人にしていたが、どちらがオカマ役だったのか。おそらくコクトー自身だったのだろう。AIDSは掘られる方がなる病気だから。

内臓から出血するのは、死期が近いということだろう。病気が我々を醜いものにする。皮膚は浮腫のためぶくぶくとなり、意識は混濁する。生ける屍だ。ところで、あるアパートにジェット機が突っ込み、住んでいた大勢の住民は寝たまま焼き殺されたというが、自分たちエイズ患者も、苦痛なく死んでいきたい。そんなことを思いながら、つぶやきは次第にちいさな声になっていく。そして最後に、生命は一瞬の閃光だ、という言葉を残して、BLUEの画面が閉じるのだ。やはり仏教の鐘の響きに伴われながら。

こんな具合にこの作品は、AIDS患者デレク・ジャーマンの遺言なようなものになっている。




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