壺齋散人の 映画探検
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デレク・ジャーマンの映画:解説と批評


デレク・ジャーマンはイギリス映画を代表する映画監督として、近年評価が高まっている。だがかれは、イギリス映画の旗手というよりも、同性愛者の代表といったほうがあたっている。かれの映画のほとんどは、同性愛を描いているし、彼自身も同性愛者だった。その結果ゲイの宿命といえるAIDSに感染し、52歳で死んだ。52歳というのは、芸術家としては、死ぬのにおかしくない年齢だが、普通の感覚では、やはり若死にといえるだろう。

デレク・ジャーマンの出世作は1977年の映画「ジュビリー」。この映画の中でゲイを露出的に描き、男のむき出しの尻やペニスを描出して、観客の度肝を抜いた。1970年代は、性についてのタブーが希薄化し、ポルノ映画なども作られるようになったが、ゲイのホモセックスを露骨に描くことは、まだ珍しかった。そういう時代にデレク・ジャーマンは、ゲイのプロパガンディストとして、自己主張を始めたわけである。

1979年の「テンペスト」は、シェイクスピアの有名な戯曲を映画化したもので、同性愛をテーマにしたものではないが、男性の全裸を登場させるなど、同性愛的な雰囲気は盛り込んでいる。1986年の作品「カラヴァッジオ」になると、ゲイの要素はもっと強くなる。モチーフになったカラヴァッジオが同性愛者だったからだろう。カラヴァッジオとしては、自分が同性愛者と烙印を押されることに同意したかどうかわからぬが、この映画によって、世界的に有名になったことには満足するだろう。

1988年の「戦争レクイエム」は、ブリテンの同名のオペラ作品を映画化したもの。原作には同性愛の要素はないはずだが、デレク・ジャーマンはかれなりのやり方でそれを盛り込んでいる。1990年の作品「ザ・ガーデン」は、同性愛者の受難がテーマだ。同性愛者は肉体的に受難するばかりか精神的にも受難を余儀なくされていると主張することで、ゲイに対する社会的な寛容さを訴えているわけだ。

1991年の「エドワード二世」と、その翌年の「ウィトゲンシュタイン」は、いずれもゲイとして知られた歴史上の人物に焦点を当てて、かれらのゲイとしての受難を描いた。そして遺作となった「BLUE」では、一切の映像を省き、言葉だけで映画を成立させているが、アンチ映画ともいうべきこの作品で、デレク・ジャーマンが意図したのは、ゲイの社会的認知を迫ったことだったようだ。

こんなわけでデレク・ジャーマンは、自分の生涯を、映画という媒体を通じて、同性愛の社会的認知を勝ちとることにささげたといえる。ここではそんなデレク・ジャーマンの代表的な映画を取りあげ、鑑賞しながら適宜解説・批評を加えたい。



ジュビリー:デレク・ジャーマン
テンペスト:デレク・ジャーマン
カラヴァッジオ:デレク・ジャーマン
ラスト・オブ・イングランド:デレク・ジャーマン
ウォー・レクイエム:デレク・ジャーマン
ザ・ガーデン:デレク・ジャーマン
エドワード二世:デレク・ジャーマン
ウィトゲンシュタイン:デレク・ジャーマン
BLUE:デレク・ジャーマンの遺作


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