壺齋散人の 映画探検
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ソフィーの選択:アラン・J・パクラ



アラン・J・パクラの1982年の映画「ソフィーの選択」は、ナチスの絶滅収容所をテーマにした作品である。アウシュヴィッツを生き延びた女性が、自分の過酷な体験を物語るというのがメーン・プロットだが、その体験は彼女にとっては、克服できないトラウマとなり、最後にはそのトラウマに押しつぶされるようにして自殺してしまう。なんとも陰惨で、救いのない人生を描いており、大方の観客は、後味の悪い脱力感にひきこまれるはずだ。

メリル・ストリープ演じるこの女性は、ユダヤ人ではなく、ポーランド人である。ポーランド人でありながらアウシュヴィッツに送られた人はかなりあったといわれるが、ユダヤ人の陰に隠れて、あまり表面化することはなかった。この映画は、ナチスはポーランド人に対してもひどいことをしたという歴史的事実に、世界の人々の意識を向けさせる効果がある。

映画の舞台は1947年のニューヨーク。南部育ちの青年が作家になることを夢見て、ブロンクスの安アパートに滞在する。そこに奇妙な男女が住んでいて、スティンゴというあだ名のこの青年は、彼らと早速仲良くなる。男はネイサンという30歳くらいのユダヤ人で、生物学者の研究員として、とある大手製薬会社につとめていると自己紹介する。女はソフィーと言って、戦後アメリカにやってきて、身よりもないまま徘徊しているところをネイサンに拾われたと言っている。彼女の腕には、ナンバーを記した刺青が施されているので、絶滅収容所にいたことが明らかにわかる。じっさい彼女もそれを隠さず、自分がアウシュヴィッツにいたこと、解放後スウェーデンを経てアメリカにわたり、ある日図書館で調べ物をしていたときに貧血で倒れたところ、たまたま居合わせたネイサンに助けられ、以後ずっと一緒に暮らしていると話す。

この二人は、日頃は愛し合っているようなのだが、ときたまネイサンが感情を爆発させて、ソフィーを苦しめる。ネイサンのそうした行動は、どうも嫉妬からきているように見えるのだが、実はもっと深い理由があることがやがてわかる。スティンゴが初めて彼らと出会った時にも、ネイサンはソフィーを苦しめているところだった。しかし彼らはすぐに仲直りし、スティンゴを誘って三人でコニーアイランドに出かけたりするのだ。

ソフィーはスティンゴに気を許すと、徐々に自分の過去を語るようになる。自分の父と夫がナチスに捉えられて二度と戻ってこなかったこと。自分自身も後に子どもたちと一緒にナチスに捉えられ、アウシュヴィッツに送られたことなどである。その際にソフィーは、自分の父親は、文明のない時代に生きた文明人だったと言って、ナチスによるホロコーストを強く批判する。ところが、後になって、スティンゴは意外なことを知る。例によって派手な仲たがいをした後で、ソフィーが行方不明になった時、スティンゴは方々を探し回るのだが、そうしているうちに、ソフィーの家族のことをよく知っているという人から、ソフィーの父親が反ユダヤ主義者だったことを知らされる。

不審に思ったスティンゴは、ソフィーにそのわけを問いただすが、ソフィーは真実を知っても、理解するのはむつかしいと言って、多くを語らない。だが、自分がアウシュヴィッツに送られた経緯については多少のことを語った。反ユダヤ主義を叫ぶ父や夫との仲が疎遠になってから、ワルシャワで恋人ができたこと。その恋人がナチスに殺され、自分もアウシュヴィッツに送られたこと。その時一緒に連れていた二人の子供のうち、娘はガス室に入れられ、息子は子供バラックに収容されたこと。また、その後自分は収容所長ヘスの秘書となり、ヘスに色仕掛けをして息子を助けてもらおうとしたが、ヘスはいったんかわした約束を守らなかったことなどである。そんなソフィーに、深く同情したスティンゴは、ぼくのためにも生きてくれと言う。

スティンゴは、ネイサンの兄とも会って、ネイサンのことも詳しく知らされる。ネイサンは妄想性統合失調症患者だというのだ。生物学者だというのも、製薬会社に勤めているというのも、みな嘘で、日頃何をしているのかよくわからない。そこで何か異常があったら是非知らせてほしいと、頼まれる。

こうして物語は次第にクライマックスに近づいていく。ネイサンの症状が極めて悪化したらしく、身の危険を感じたソフィーはスティンゴに救いを求めてくる。そんなソフィーにスティンゴはやさしく接したあげくに、日頃の彼女に対する感情を吐露し、是非自分と結婚して、南部の農園で一緒に暮らしてほしいと言う。そんなスティンゴにソフィーは、思いがけない告白をするのだ。

その告白というのは、アウシュヴィッツに到着したときのことについてだ。ソフィーの美貌に惹かれた獄卒が、ソフィーに向って嫌がらせをする。二人いる子供のうち一人だけは助けてやろう。どちらを助けるか、お前の希望を言え、そうすれば希望通りにその一人を助けてやろうと言う。ソフィーは、自分でそれを選択することは出来ないと、涙ながらに訴える。それに対して、言わなければ二人ともガス室に送ると言って、獄卒は二人の子供をソフィーから引き剥がす。パニックになったソフィーはとっさに、息子だけは生かしてほしいと叫ぶ。これが彼女のつらい選択だったわけだ。題名の「ソフィーの選択」とは、この忌わしい選択のことをさしているのである。この選択をしたために、彼女は自分の人格が破壊された感じるほど、つらいトラウマにとらわれることになったのである。

彼女の選択はそれでは終わらなかった。一緒に暮らしてほしいというスティンゴと、一晩をともにした後で、彼女はスティンゴの寝ている間に、姿を消してしまう。ネイサンのところに戻って、共に死ぬためだ。それが彼女にとっての、二つ目の、そして最後の選択となったわけである。

こんなわけでこの映画は、一人の女性の苦悩を通して、ナチスによるホロコーストの何重にもわたる非人間性を、強く考えさせるものとなっているのである。

メリル・ストリープの迫力ある演技がすさまじい。彼女は豊かなブロンドの髪をもっているのだが、アウシュヴィッツでの回想シーンでは、坊主のような短髪で出て来る。しかも骸骨のように痩せている。おそらく、メーンの場面を先に撮って、回想の部分はあとでまとめ撮りしたのではないか。




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