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伊藤秀裕「おみおくり」:女納棺師という仕事



2018年公開の日本映画「おみおくり(伊藤秀裕監督)」は、副題に「女納棺師という仕事」とあるとおり、納棺師をテーマにした作品。同じ趣旨の映画としては、滝田洋二郎が2008年につくった「おくりびと」がある。「おくりびと」は、納棺師という職業が社会的な差別にさらされていることを、批判的な視点から描いていたが、こちらにはそうしたものはない。納棺師という仕事の内容を淡々と描きながら、その職業を選んだ女性たちの生き方について丁寧に描いている。

二人の女納棺師が主人公。高島礼子演じる女納棺師は、恋人の死がきっかけとなって、死にかかわる職業としての納棺師を選んだということになっている。一方文音演じる女性は、子どもの頃に両親に死別したことに強いトラウマを持っており、そのトラウマから解放されることを求めて、死にかかわる仕事である納棺師を選ぶ。彼女は、友人の家が大震災にまきこまれ、その家の子供の損傷された遺体を納棺師がきれいにするところを見て、そこに死を考えるためのきっかけのようなものを見出し、納棺師の仕事を志願するのである。その大災害は、おそらく東北地方と思われる海岸部を襲ったというふうに描かれているから、東日本大震災を念頭に置いているのであろう。そのように、さらりとしたやり方で、あの大震災に映画の中で言及するというのは、なかなかいいことだと思う。

前半で、高島と文音の過去が回想され、後半では、二人でコンビを組んで納棺の仕事をしていくさまが描かれる。様々な過去を背負った遺体に向かって、二人は黙々と納棺の仕事をこなしていく。事故で死んだ人の遺体はひどく損傷している場合が多いので、その損傷をカバーし、なるべく生前の面影を復活させてやらねばならない。薄衣や絵具を器用に使いながら、損傷した部分を修復するのである。美術品の修復作用を想起させる。一方、老衰で死んだ遺体には、皺の目隠しとか髪の一部を染色するなどの方法を用いて、不自然に見えない程度に若返らせてやる方法が取られる。遺体の表情が若返るのをみた配偶者は、感動するのである。

納棺のシーンが繰り返されるうちに、観客は彼女らの生き方なり、それと死者との関わり合いなどについて考えさせられる。それゆえ、この映画には、死の汚れとか、納棺という職業に対する差別的な視線はない。




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