壺齋散人の 映画探検
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キクとイサム:今井正



今井正の1959年の映画「キクとイサム」は、混血児への差別をテーマにした作品である。社会派の巨匠と呼ばれた今井正の作品の中でも、もっとも鋭い社会意識を感じさせる作品で、しかも深いヒューマニズムに裏付けられており、今井の代表作たることを超えて、日本映画史に残る傑作といってよい。

舞台は、画面上は明示されていないが、会津地方ということはわかる。近辺の都市として郡山の地名が出てくるし、風祭りというのは会津若松の祭りのことらしいから。その会津地方の一部落に住んでいる、老婆と二人の孫が主人公だ。二人の孫は、黒人との混血児である。母親は産褥で死んで、祖母が育てている。二人の子供たちは、学校や地域社会で、ひどい差別を受ける。学校では同級生にいじめられ、部落の外へ出ると、露骨な偏見にさらされる。しかし、二人はそんな差別を跳ね返しながら明るく生きている。

そんな一家に転機が訪れる。老婆が治療を受けた医者が、子供たちの行く末を心配して、アメリカ人への養子縁組の話を持ち掛ける。老婆は、自分の年齢や貧しい生活を考えると、一概に拒絶することもできない。いまや70歳近くになって、この先どれほど子どもたちの面倒をみられるかわからない。だから、いっそアメリカ人へ養子に出したほうが、子供のためにはいいのではないか、と考えるのである。

結局、弟のイサムが、アメリカ人夫婦にもらわれることになる。姉のキクは複雑な気持ちで弟を見送る。そのキクにしても、このままいつまでも祖母が面倒を見続けるわけにはいかない。そこで祖母はキクを尼にしようと思う。キクは激しく反抗する。ばあちゃんとずっと一緒に暮らしたいというのだ。

キクは、ちょっとしたトラブルを起こし、部落のみんなからもあきれられる。同級生からいじめを受けている間に、子守を任せられていた幼児を行方不明にさせてしまったのだ。そんなこともあって、祖母はより強く尼になることを迫る。厄介払いされるのではないかと思ったキクは、絶望のあまり首吊り自殺を図る。その際のショックで初潮を迎える。

キクの意思が固いことを改めて知り、しかもキクが一人前の人間となって、自分のことを判断できるようになったと思った祖母は、自分の財産である四反の畑で生きていく道を教えることにする。キクはそれに希望を見出す、というような内容である。

映画の見どころは、何と言っても、日本人社会の異人への差別感情の根深さがあらわれるところだ。日本人の人種的な差別意識は、21世紀のいまでも相当根強いものがある。まして、20世紀の半ば頃は、非常に露骨な形をとり、差別される側にとっては、絶望的に生きづらい社会だったに違いない。その苛酷な差別のありようを、この映画は鋭く描き出している。その差別に直面した子供たちが、最初は祖母はじめ周囲の保護のもとで差別に対して無邪気でいられたが、次第にそのひどさに傷ついていく過程を描きだしているのである。

祖母を演じた北林谷栄の演技が圧巻である。このとき北林は四十歳代の後半にさしかかったくらいだったが、老いさらばえた老婆を演じきっている。老婆は七十近いとみずから言っているが、画面からは八十歳くらいに見える。わざわざ役のために前歯を抜いたというから、すさまじく気合が入っていたことがわかる。その北林が、二人の孫たちに注ぐ慈愛の目が、なんとも切ないものを感じさせる。




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