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野村芳太郎「震える舌」:破傷風の恐ろしさを描く



野村芳太郎の1980年の映画「震える舌」は、破傷風にかかった少女の闘病をテーマにした作品。その闘病の様子がじつに陰惨で、見ているものに強くせまり、時には顔をそむけたくもさせるので、ある種ホラー映画といってよいほどである。とにかく苦痛にたえて病と闘う少女と、治療にあたる医療スタッフ、そして両親の焦燥が淡々と描かれる。ドラマチックな要素はあまりない。

破傷風は死亡率の高い伝染病で、大人でも五割、子供の場合には七割から八割の死亡率だという。しかも手当が遅れると死亡率はさらにあがる。それに対して治療法は、症状を緩和させることを目的とした血清療法がある程度で、抜本的な方法はないということになっている。

映画は、少女が泥遊びをして発症してから劇的症状を呈する五日間を中心に描く。その間に、いったんは呼吸がとまり危篤状態に落ちるが、医師の懸命な治療によって蘇生し、ついには危険状態を脱するのである。その医師を中野良子が演じている。この医師は五日間少女によりそい、睡眠を削って治療にあたるのであるが、そんな献身的な態度を示す医師は、現実にはありえないのではないか。少女が一命をとりとめたのは、この医師の献身的治療のたまものなのである。

一方、渡瀬恒彦と十朱久代が演じる少女の両親は、娘の窮状を前にしてただうろたえるばかり。母親などは、治療をもどかしく思って医師を非難するばかりか、治療の邪魔になるようなこともする愚かな女として描かれている。父親のほうも、娘にかみつかれたことで、自分も感染したのではないかと心配するが、それは娘の命より、自分のことが余計に気になる勝手な姿勢とも受け取られる。

そんなわけで、パニックに陥った両親には、まったくいいところがなく、使命感にあふれた医師の善意が娘を救ったというふうに描かれている。そうはいっても、娘が危篤状態に陥り、あまつさえ苦痛に悶えてる様を見せられれば、どんな親でもパニックにおちいるのではないか。じっさい数日の間飲まず食わずで、のたうちまわる娘の姿ばかり見続けていては、精神状態が壊れてしまうのは無理もない。

そんなふうに感じさせられる映画であり、ときに顔をそむけたくもなった。




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