壺齋散人の 映画探検
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オープン・ユア・アイズ:アレハンドロ・アメナーバル



アレハンドロ・アメナーバルの1997年の映画「オープン・ユア・アイズ(Abre los ojos)」は、ある男の夢の中の世界を描いたものだ。スペイン語の原題は「目を覚ませ」という意味。これは主人公の男が目覚ましの警告音に設定した女の声なのだが、その警告音で映画は始まる。そこで男は、目を覚まして街へと出かけていくのだが、それが夢の中の世界らしく、街には誰もいないのだ。そんなわけで、映画の全体がその男の夢のようでもあるし、また一部は現実のようでもあるという具合で、実に複雑な構成になっている。ともあれ夢の中の世界をあたかも現実の世界のように描いている点で、サイケデリック映画と言えよう。

その男セサールは、ドン・フアン気取りで、同じ女とは二度寝ないことをモットーにしている。そんなかれがある女ソフィアに惚れる。それにヌリアという女が嫉妬をしたあげく、セサールを乗せた車を崖に転落させ、心中を図る。その結果ヌリアは死に、セサールは一命をとりとめたものの顔に大けがをする。形成手術もむなしく、男の顔は化け物のようになるのだ。そのためソフィアにも相手にしてもらえず、男は絶望する。その挙句に酔いつぶれて路上で意識を失ってしまうのだ。

場面は急展開し、セサールは医療刑務所の中にいる。精神病の治療を受けているのだ。精神科の医師アントニオがなにかと世話を焼くが、どうも行き違いが多くて、まともな治療にはならない。そのうち、これもどういうわけか、新たに形成手術をした結果セサールの顔は元通りになる。喜んだセサールはソフィアと愛し合うようになるのだが、時々化け物の顔になったり、また、ソフィアが死んだヌリアと入れ替わったりするのである。

わけがわからないまま、セサールはヌリアと入れ替わったソフィアを殺してしまう。セックスの最中にだ。セサール自身はヌリアを殺したと思い込んでいる。ところが死んだのはソフィアなのだ。

セサールは、記憶のかけらをもとに、アントニオと共にあるオフィスを訪ねる。そのオフィスで意外なことを聞かされる。実はセサールは150年前に死んでいて、いまの状態は、現実の世界を生きているのではなく、夢の中の世界を生きているに過ぎないというのだ。それを前提として、今の夢が気に入らなければ、別の夢の世界を手に入れることができる。しかしそのためにはもう一度死ななければならない。しかし怖れることはない。死ぬにしても夢の中の出来事に過ぎないからだと。そう言われて安心したセサールは、ビルの屋上から飛び降りるのである。

こんなわけで、映画の作りは実に荒唐無稽なのだが、妙に現実感がある。その現実感のおかげで、とてつもない迫力を感じさせる。夢をこんなふうに取り扱った映画は、ほかにもあるのかもしれないが、この映画の中の夢の世界は実にファンタスティックである。

ソフィアを演じたペネロペ・クルスは、ペドロ・アルモドバルの映画にいくつか出ているが、この映画が出世作となった。この時の彼女は23歳である。




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