壺齋散人の 映画探検
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夜顔:マノエル・ド・オリベイラ



2006年の映画「夜顔(Belle toujours)」を作ったとき、マノエル・ド・オリベイラは98歳になっていた。この映画をオリベイラは、ルイス・ブニュエルが1967年に作った「昼顔(Belle de jour)」の続編として作った。昼顔で描かれていた情景の40年後の出来事というような位置付けである。原題のBelle toujoursは、Belle de jourをもじったのだろうが、これは「いつでも美しい」という意味で、夜顔という意味はない。夜顔はフランス語でFleur de lune(月の花)と言う。

「昼顔」は、カトリーヌ・ドヌーヴ演じる人妻が、不感症である自分の性感帯を開発する目的で、夫以外の男たちを相手に、倒錯的なセックスを追求するというような内容だった。その際に、彼女の秘密を知った男が、恋敵に撃たれて瀕死の状態の夫に向って、妻の秘密を暴露するのだが、実はそれを含めて映画全体の内容が彼女の妄想だったというような、人を食った話だった。

オリベイラは、四十年後に彼女の秘密を知った男が、彼女と出会い、昔のよりを戻そうとするところを描く。男は四十前に演じたミシェル・ピッコリがそのまま年をとった姿で演じたが、人妻のほうはドヌーヴに代わってビュル・オジエが演じている。オジエはドヌーヴよりずっと小柄だが、ブロンドの髪で、独特の雰囲気をもっている。多少神経質なところを感じさせる。

ピッコリがオジエ演じるセヴリーヌと久しぶりに出会ったのはコンサートの会場。ピッコリは彼女と話したいと思うのだが、どういうわけか彼女は彼を避けて逃げ回る。だがしつこくつきまとったあげく、彼女とレストランで食事をすることに成功する。その食事の席でピッコリが過去の思い出を語り、彼女とよりを戻そうとするのだが、彼女にはそんな気はさらさらになく、相手のしつこさに怒って席を蹴ってしまうというのが映画の筋書きだ。

そんなわけだから、あまりまともな印象は得られない。だいいち不可解なのは、もとになった「昼顔」では、全体がセヴリーヌの妄想ということになっており、したがってピッコリとセヴリーヌが親しく交わったという事実はないらしいのに、この映画では、妄想ではなく実際におきたことをめぐっての後日譚という扱いをしている。そこはオリベイラの機微なのだろう。

映画の冒頭でのコンサートのシーンで、ドヴォルザークのシンフォニー第八番(第三楽章)が演奏される。この甘美な曲はその後も節目ごとに流されて、映画に独特の雰囲気を醸し出している。この映画の魅力は、音楽と映像とが溶け合っていることだ。

オジエには多少神経質なところがあると言ったが、それは映画のラストシーンで、怒りに駆られて席を蹴るところによく現われている。ドヌーヴだったら、そういう癇癪は見せないだろう。




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