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ファティ・アキンの映画:作品の解説と批評


ファティ・アキン(Fatih Akın)はトルコ系のドイツ人として、ドイツ社会におけるトルコ人ソサエティを描き続けた。トルコ人は、ドイツに出稼ぎにやってきて、そのままドイツにいつき、なかにはドイツ国籍を取る者も多いのだが、ドイツ人社会では異邦人として差別され、さまざまな困難にさらされている。ファティ・アキンはそんなトルコ人たちに焦点を当てて、トルコ人やトルコ系ドイツ人がドイツ社会で生きることの困難さにこだわってきたわけだ。

だが、ファティ・アキンは、最近までは、ドイツ人社会を表立って批判するような描き方は慎んで来た。出世作の「愛より強く」(2004)では、ドイツ人はほとんど表に出てこずに、トルコ人同士が傷つけあう様子を描いていた。そうしたスタンスは、「そして私たちは愛に帰る」(2007)や「ソウルキッチン」でも変わらない。「そして私たちは愛に帰る」はトルコ人とドイツ人との触れ合いについて描いているが、ドイツ人を批判する要素はほとんどなく、「ソウルキッチン」でも、ドイツ人は茶化されるような描き方はされているが、それはドイツ人がドイツ人に対してするようなことで、決して反ドイツ的な要素は感じさせない。

2014年の作品「消えた声が、その名を呼ぶ」は、トルコ人によるアルメニア人の迫害をテーマにしたもので、ドイツ人によって差別される立場のトルコ人が、少数民族であるアルメニア人に対しては差別する側に立つという、ある種の皮肉を持ち出すことによって、ファティ・アキンは人種間の差別問題を、大きな視野でとらえようとした。

ファティ・アキンの傾向が変ったと印象付けたのは、2017年の作品「女は二度決断する」だった。この作品のなかでファティ・アキンは、はじめてドイツ人社会を正面から批判した。これはネオナチによるトルコ人殺害をテーマにしたものだが、そのなかでファティ・アキンは、ドイツ人自身によって同胞のドイツ人たちの無法ぶりを糾弾させている。それがある種のスキャンダル効果を生み、この作品は大いに物議をかもしたという。

2019年の「屋根裏の殺人鬼フリッツ・ホンカ」は、1970年代にハンブルグで起きた連続殺人事件に題材をとったものだが、一殺人犯の例外的な凶行としてよりは、ドイツ人社会に内在する傾向がそうした異常行為を助長する、というような極めて批判的な視点を感じさせるものである。「女は二度決断する」で出ていたドイツ人社会へのファティ・アキンの批判意識がここでは全面的に開花したという印象を与える。

ドイツとトルコは、歴史的な事情を背景にして強い結びつきがあり、そのことから大量のトルコ人がドイツに移住してきて、そのままドイツ市民になったものも多かった。ファティ・アキン自身もそうした移民二世の一人である。トルコ出自の人間は、なかなかドイツ人社会に溶け込めない。あくまでもよそ者扱いである。そうした被差別意識をファティ・アキンがはぐくんだことは不自然ではない。だだファティ・アキンには、被差別意識をばねにして、ドイツ人社会を変えたいというメッセージを出しているかといえば、かならずしもそうは思われない。映画も芸術の一つとして、社会批判ばかりがノウではないと、思っているのかもしれない。

ここではそんなことファティ・アキンの代表作をとりあげ、鑑賞のうえ適宜解説・批評を加えたい。



愛より強く:ファティ・アキン
そして、私たちは愛に帰る:ファティ・アキン
ソウル・キッチン:ファティ・アキン
消えた声が、その名を呼ぶ:ファティム・アキン
女は二度決断する:ファティ・アキン
屋根裏の殺人者:ファティ・アキンの映画


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