壺齋散人の 映画探検
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新藤兼人


原爆の子:新藤兼人の映画の世界
縮図:新藤兼人の世界
どぶ:新藤兼人の世界
裸の島:新藤兼人の世界
鬼婆:新藤兼人の世界
裸の十九才:新藤兼人の世界
ある映画監督の生涯:新藤兼人の溝口健二へのオマージュ
竹山ひとり旅:新藤兼人の世界
午後の遺言状:新藤兼人の世界
新藤兼人監督の「一枚のはがき」を見る


日本の映画監督のなかでも、新藤兼人はきわめてユニークな存在だ。大手映画会社が君臨していた時代から、新藤は自主独立の態度をつらぬき、したがって自分の作りたい映画だけを作るといった、ある意味では、芸術家としての理想的な態度を貫き通した。その制作姿勢は、「原爆の子」や遺作となった「一枚のはがき」に至るまで、強烈な問題意識に貫かれていた。こんなに自分の問題意識を映画の中で表現し続けた映画監督は、世界中を探しても、そう多くはいない。

シナリオ・ライターとして出発した新藤は、1951年に処女作の「愛妻物語」を作って以来、半世紀以上にわたって映画を作り続けた。遺作となった「一枚のはがき」は、実に99歳の時に作ったものだ。その翌年に新藤は、100歳の寿命を全うして大往生した。





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