壺齋散人の 映画探検
HOMEブログ本館美術批評東京を描く水彩画動物写真西洋哲学 プロフィール掲示板



熊井啓の映画:作品の解説と批評


熊井啓は、1964年に「帝銀事件死刑囚」で監督デビューして以来、社会的な視線を強く感じさせる作品を作り続けた。そのため、社会派の巨匠などと呼ばれている。社会派の巨匠といえば、今井正が先輩であるが、この二人には映画についての共通姿勢が指摘できると思う。どちらも、正義にこだわり、権力による自由への恣意的な介入に強く反発するとともに、庶民の暮らしに寄り添うような視線を感じさせる。要するに正義派なのである。

「帝銀事件死刑囚」のあと、「日本列島」や「地の群れ」といった社会的問題意識を強烈に感じさせる作品を連発した。かれの最高傑作というべき「サンダカン八番娼館望郷」(1974年)は、そうしたかれの社会的視線がもっとも強く発揮された作品である。これは、いわゆる「からゆきさん」についてのノンフィクション・レポートを映画化したもので、戦前の九州の貧困地帯から大勢の女性たちが南方に娼婦として売られて行き、現地で空しく死んでいった模様を描き、見る者をして涙襟をぬらしめたものである。

「サンダカン八番娼館」に先立って、やはり栗原小巻をヒロインにした映画「しのぶ川」を作った。これは雪深い里に嫁入りする女性を描いた作品だったが、栗原小巻はこれと「サンダカン」における演技ぶりによって、一躍吉永小百合と並ぶ人気女優になったものである。

「日本の暑い日々」(1981年)は、不可解なことが多い下山事件をとりあげたものだし、「海と毒薬」(1986年)は、旧日本軍による米兵捕虜の人体実験をテーマにした作品である。また、「日本の黒い夏」(2001年)は、オウム真理教によるサリンばらまき事件に関連して、冤罪を着せられた男性の苦悩を描きながら、日本社会の特異な体質を批判したものであった。

熊井啓はまた、時代劇もいくつか手がけている。「お吟さま」(1978年」、「千利休本覚坊遺文」(1989年)、「海は見ていた」(2002年)といった作品だ。前二者は千利休をめぐる物語。後者は山本周五郎の小説をもとに黒澤明が脚本を書いたもので、エンタメ性を重視している。

こうしてみると、熊井啓は社会派の巨匠としての道を歩みながら、晩年にはエンタメ性を考慮した時代劇も作ったということになる。ここではそんな熊井啓の代表的な作品をとりあげ、鑑賞しながら適宜解説・批評を加えたい、


日本列島:熊井啓の映画

地の群れ:熊井啓の映画

忍ぶ川:熊井啓

サンダカン八番娼館 望郷:熊井啓

海と毒薬:熊井啓

千利休本覚坊遺文:熊井啓の映画

日本の黒い夏

海は見ていた:熊井啓の映画



HOME日本映画










作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2013-2021
このサイトは、作者のブログ「壺齋閑話」の一部を編集したものである